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※作品の下のコメントは、講師:田中光堂によるものです。
※コメント末尾の【 】印は、漆塗りを手掛けた塗師(ぬし)の名前です。
凡例: 【魁】…櫻井魁山 【圭】…宇田川圭介 【光】…田中光堂
『リンクの輪』のページに“塗師のご紹介”を載せてありますので、どうぞご覧ください!
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*2011年12月1日掲載分(1) *2012年4月4日掲載分(3) *2012年7月10日掲載分(4) *2012年11月4日掲載分(5)
*2013年5月5日掲載分(6) *2014年1月5日掲載分(7) *2014年8月16日掲載分(8) *2016年9月1日掲載分(9)
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*以下は、2012年1月1日掲載分の12作品です。
(↑)ざくろ文様の丸皿(直径24センチ)です。オリジナルは、古い鋳物の側面文様でしたが、作者が丸皿用に構図に若干のアレンジを加え、
それを講師が清書して、鎌倉彫教室用に図案化しました。 最も悩ましかったのは、“地(=背景)の『網代文様』をどうするか”でしたが、
作者は熟考の末、オリジナルに忠実に彫る方針を採用。結果的に、塗師も同様の手間仕事を協同することになりました。
水面下の苦労はありましたが、素人による手彫りの作品としては『大健闘の結晶』みたいな出来栄えになったと思います。 ・塗師…【光】
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(↑)春蘭文様の手付きの通い盆(54センチ×31センチ)です。 作者の家で長年使い続けて使用し難くなった漆塗りの長盆(ながぼん)の意匠を、
換骨奪胎して図案化しました。“返り”のある細長い葉と表裏の葉脈、袴の部分の“通し刀痕(※流し刀痕・流れ刀痕とも言います)”、花弁の部分の丸刀使い等々、
春蘭は技法的に基礎刀法の習熟度を問われる要素が多く、ごまかしが効きにくいモチーフですが、よくご精進なさったと思います。
不揃いながら真摯で誠実な“刀痕文様”に心魅かれます。・塗師…【魁】
(↑)ボタン文様の硯箱(27センチ×19.5センチ)です。 文様は、古い象嵌細工の絵柄を鎌倉彫風にアレンジしました。
ボタンは花弁の数が多く、遠近感や奥行き感、優雅さや柔和なたたずまいを表現するのが難しいモチーフですが、約1年がかりのご精進を結晶させて、
たいへんよく頑張られたと思います。 花弁先端部の“しゃくり・峰立て”とシャープな薬研彫りが、背景の几帳面な刀痕と対照的で、
結果的にボタン文様全体を浮き上げる効果を生んでいます。 作者は制作当時78歳。この硯箱は、遠くにお住まいのお嫁さんへのプレゼントだそうです。
きっと、孫子の代まで使い継がれる“家宝の硯箱”となることでしょう。 ・塗師…【魁】
(↑)同じく古い和服の文様をアレンジしたボタン文様の16角盆です。写真では確認しにくいですが、地(=背景)の肉がほとんど透きとられた
“地透き(じすき)”の拵えになっていますので、盆上の器物が傾きやすく、“日常の実用”には不向きです。
が、その反面、鑑賞用の“飾り盆”としては充分なボリューム感があり、その点を考慮して、“色分け塗り”を採用しました。
半艶の黒、お抹茶色、朱色、黄口色の4色と、古美粉(ふるびこ)の色(すす玉のグレーとイボタ蝋のホワイトの混合色)が交響して
豪華な仕上がりになりました。 ・塗師…【光】
(↑)古い花丸文様を展開した、てっせん文様の長盆の部分画像です。 作者はとても気さくな方で、教室で個別指導の順番が来た時に、
『家で何も彫って来なかったし、みんなの顔を見に来ただけなので、今日はお稽古はしなくて大丈夫です!』と宣言して、
皆を大笑いさせるようなユーモアの持ち主です。 作品全体に、そのようななおおらかで飾らない、のびのびとしたリラックスムードが漂っていて、
眺めていると温かい安心感に包まれるような気がします。 でも良〜く見ると、一々の刀痕・薬研には、生真面目な集中力が注ぎ込まれており、
『作品に作者の人柄がにじみ出る』ことを実感できる、“バランスの良い仕上がり”になったと思います。 ・塗師…【魁】
(↑)おなじみの『円覚寺 天竺牡丹透彫り前机』を、教室用に図案編成して制作した作品です。 オリジナルの彫り物は、宋風の典雅な意匠を、
リズム感みなぎる宮彫師的な彫り口で表現した、非の打ちどころの無い傑作です。
それを素人の生徒さんが模刻するのは、当然ながら非常な緊張感を伴うもので、作者もたいへん苦心なさったようでした。
稽古板での試行錯誤を重ね、今の自分の力量に合った彫り口のバランスをとるのに、1年近い歳月を要しました。
結果的にオリジナルとは異なる仕上がりになってしまった部分も散見されますが、「努め難きを努めようとした心意気」に拍手をお送りしたいです。
この作品は、画材店に頼んで“額装”に仕立てるのも似合いそうです。 ・塗師…【圭】
(↑)大正時代の布文様を、鎌倉彫用にアレンジして、「キメ彫」の技法を使って彫りあげた作品です。
キメ彫技法には、大別して、「外ギメ」・「内ギメ」・「両ギメ(自由角度でキメる)」の3種類がありますが、
上の図案では、花と蕾と葉の輪郭線が「外ギメ」、茎とツルとガクの輪郭線が「両ギメ」、文様内部は通常の浅い“浮き彫り”で表現されています。
キメ彫・キワ彫・薬研彫部分の“白っぽい縁どり”は、主に“イボタ蝋”によるもので、この白色は漆で付着しているため、
水洗いしてもほとんど色落ちしません。 この作品は、図案の最も外側の輪郭線を、角度を様々に操りながらあっさりと彫ってあり、
何気ないようですが、図案に対する理解の深さが窺われます。・塗師…【光】
(↑)“柿を眺める雀”の文様の壁飾りです。図案は、いろいろなモチーフを換骨奪胎し、構図を吟味し、ご自分でも筆を加えて、作者が再構成しました。
左上の写真の2枚の葉には、奥行きや傾きを強調するために、部分的な“沈め彫”が使われています。 3羽のスズメの周囲は6ミリくらいの深さですが、
上下枠のキワの部分は4ミリ弱の控えめな深さに彫られており、“地透き”の深さが場所によって適切に調節されています。
真中の雀と右はじの雀は、一瞬後にお目当ての柿めがけて飛び立ちそうですが、左はじのおっとりした雀は取り残されそうです。
雀の視線や動作が三者三様の性格描写に繋がっており、物語性の漂う楽しい作品になりました。・塗師…【魁】
(↑)桃文様の壁飾りです。柴田是真先生の絢爛たる丸型の下絵を四角型に簡素化して、下絵の精緻な持ち味を噛みしめながら、
約1年半がかりで浮き彫り化しました。 作品の随所に、是真先生に対する作者の敬意の深さが感じられ、そうした情熱と緊張感が、
結果的に、作品全体の表情に変化と深みを与えているように思います。
作品の両脇の枠は“堆烏塗り”といい、黒い漆に紅柄を混ぜて色調整したものを、重ね塗りして研ぎ出したものです。
素人によるオマージュ作品としては、気合が入った“労作”であると思います。 ・塗師…【魁】
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(↑)作者が街でたまたま見かけた「尾状突起の異常に長い蝶」の絵柄を、昆虫図鑑等を調べながら、鎌倉彫のデザインとして図案化しました。
本物の“尾長系の蝶”はマレーシアなど東南アジアに生息しているようで、図案よりもっと長い尾状突起を持っているようです。
デザインは、3羽の蝶を大胆に配置したものですが、1羽だけ中央向きでなく、そっぽを向くように横向きに舞っているところが面白いです。
蝶は、デザインも彫りも、三者三様に別個のアプローチで表現されており、見飽きることが無いように配慮されています。
『花に蝶』という組合わせを意識して、お皿の周囲に“輪花(りんか)”風の彫り込み(“きざみ”“くずし”などと呼びます)を入れました。 ・塗師…【魁】
(↑)紅葉文様の手刳り風の変形盆です。一見すると木地の形が“手刳り風”ですが、これはルーター加工の達者な木地師さんが機械で作ったもので、
三橋鎌山先生の「蓮文深手盆」を下敷きに制作されたものだろうと思われます。 この作品の紅葉文様は、「御所車蒔絵硯箱(江戸初期)」の蓋裏の文様を、
盆形に応用して付けました。深い地透きや紅葉・枝の複雑な重なり、傾斜地の目のそろった刀痕などなど、技術的にも完成度の高い仕上がりとなっています。
作者は中国の堆朱系の作品を模刻することが大好きで、これまでに数多くの地透き作品を手がけてきました。
そのようにして培われた安定した運刀技術が、作品の随所に効果的に活かされています。 ・塗師…【魁】
(↑)京都・宝菩提院の如意輪観音さまの冠帯の留め具(後頭部)の文様を、鎌倉彫用にアレンジしました。
作者は制作当時82歳、約1年がかりのご精進の成果です。 こうした左右対称の文様は、左右差のでないように注意して彫り進めるのが大変ですが、
側面部分の彫り込みも含め、じっくりと彫り進められて上々の仕上がりになったと思います。
塗りは、作者のご意向を酌んで黒色の干口塗り(ひくちぬり)と朱色の干口塗りの「塗り分け」を採用しました。
その結果、なんとなくアールヌーボーの部分拡大意匠を連想させる、モダンな仕上がりになりました。 ・塗師…【魁】
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(↑)一部の会員の方々からのリクエストに応え、前回ご紹介した講師の作品『蓮華蔵雲中供養菩薩』の部分拡大写真を掲載します。
飛雲の下端からご頭頂部までの御像高は8寸(約24センチ)ですので、手足のつめの大きさは1〜2ミリ四方位のサイズになります。
かなり細かい彫りで、それなりに苦労しました。 また、御尊像のお肌・衣紋・雲などは、塗りの回数や研ぎ込みの強弱を加減して、
質感に差異が出るように工夫しました。 光背の金色が強すぎて色彩バランス的に今一つ不似合かも知れませんが、
少々プライベートな理由で是非この金色を使いたかったので、結果的にこうなってしまいました。
この光背は、あと何年かしたら、もっと落ち着いた色に塗り変えるかもしれません。
(↑)写真資料だけを頼りに彫ったので、雲の部分(特に真下からのアングル画像)は、“想像による創作”になってしまっています。
後日、実際に平等院を拝観して、つぶさに観察したところ、ずいぶん違う表現になっていることが判明しました。
もちろん、これで良いはずがありませんが、“今回で4作目”という造佛の入門者の苦肉の策の一例として、ありのままにご紹介することにしました。
背後の蓮華(直径36センチ)は、濃い口の“堆烏塗り”と、本朱の干口塗りと、洗い朱(黄口)の干口塗りの「塗り分け・研ぎ分け」で彩色表現しました。
時間がたつと、黒っぽい堆烏塗りの部分は、もう少し色が透けて茶色っぽくなると思います。 ・彫師/塗師…【光】
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